遺産分割前の預金の引出し行為について(平成30年改正相続法シリーズ)
2020/04/01
はじめに(問題点)
遺産分割の家庭裁判所での手続き(調停・審判)においては、従前、相続開始時に存在し、かつ、遺産分割時にも存在する財産を対象としており、例外的に、相続人全員が手続き上において、これを遺産分割の対象に含める旨の合意をした場合にのみ、これを遺産分割の対象として審理がされてきました。
この点についてよく問題となるケースは、相続開始後に、相続人の一人が、被相続人(亡くなった方)名義の預貯金を無断引出して、自己使用してしまっているケースです。
このケースについては、その無断引出しを行った相続人が分かっていても、その相続人が遺産分割手続きでの審理を拒んだ場合には、遺産分割調停・審判の中では、その無断引出しについては審理することができず、別途、不当利得返還請求訴訟(又は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟)を提起せざるを得ませんでした。
改正相続法は、この問題について、引出しを行った者が不当に有利になることがないように調整できるよう相続開始後、遺産分割前に財産の処分行為をした場合の規定を設けています(民法906条の2)。
遺産分割対象への引出し預金額の組入れ
民法906条の2では、相続人全員または処分行為(預金であれば引出し行為)を行った相続人以外の相続人全員の同意があれば、その引き出された預金額を遺産分割の対象に含めることができるものと規定しています。
なお、この民法906条の2の規定は、預金の引出し行為者が誰であるかについては、争いがない場合か、裁判所として容易に認定できる場合を前提としていますので、注意が必要です。
また、引き出した預貯金の使途が「自己使用(その相続人自身のために使用)」の場合ではなく、被相続人または相続人全員の利益のために使用した場合(例えば、相続債務の支払い、遺産たる不動産の固定資産税等の支払い、適正な遺産管理費用 等)には、遺産分割対象にならないと解されている点もご留意ください。
相続開始後、遺産分割前の預金の引出行為が判明した場合でも、上記のように、引出し行為者が誰であるかに強い争いがある場合や引き出された預貯金の使途が自己使用か被相続人または相続人全員の利益のためか、に強い争いがある場合には、従前と同様に、別途、民事訴訟(遺産確認訴訟、不法行為損害賠償請求訴訟、不当利得返還請求訴訟)で、遺産分割の前提問題として解決を図る必要があります。
まとめ
このように、改正相続法として規定された民法906条の2は、明らかに相続人の一人が預貯金を不当に(自己使用目的で)引出しているにもかかわらず、その相続人がこれを遺産に含めることを拒否した場合に、遺産分割の対象とすることができなかったという従前の不合理な結果を是正することができる規定といえますので、一定の評価をすることができます。
しかし、遺産分割調停・審判の実務上は、引出し行為自体を強く争う場合や自己使用を争う場合が多いと考えられますので、このような場合に別途民事訴訟を提起する必要があるという従前の実務には変化はないものと考えています。
施行日
民法906条の2の規定は、令和元年7月1日から施行され、同日以降に開始した相続について適用されます。
(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
第九百六条の二 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。